ホントの自分と 生きてくブログ ~自己受容メソッド~ くにい かつひろ

子どもに本当の自己肯定感をつけさせたい。生きづらさを抱えている様々な人たちに本当の自己肯定感をつけてもらいたい。職場の部下の自己肯定感を高めて、やる気をもって仕事に取り組んでもらいたい。すべての人たちが、本来の活き活きとした自分の人生をスタートさせる方法『自己受容メソッド』。それを書き綴っています。『自己受容』をしていくと、人生にとんでもない革命が起こる。。。自分の奥底にある感情こそが、本来の自分の生き方への道しるべ。

過去ブログ28  子どもを見くびってはいけません

僕は幼稚園、小学生の頃から、高校を卒業するまで一貫して、「國井くんはやさしい」と言われ続けていました。

 

この評価は実は、「意図して獲得した」ものでした。

 

僕は、なぜか物心ついた頃から、自分が他者からどう思われているか、ということに非常に敏感でした。

 

その他者の評価が高ければ自分ってすごい、と思えたし、生きていける、と思っていました。

 

だから逆に評価が低いと、すごくつらくなったし、生きていけないと思っていたし、評価が下がるだろうなと感じる時には、もうこわくてしょうがなかったです。

 

だから「怒られる」とか、「期待に応えられない」とか、「がっかりされる」ということが恐怖でした。

 

そんな状況をとにかく避けるようになっていました。

 

そうすると、どのように対人関係で対処していたかというと、

 

1、相手が期待するようなことをして、人の機嫌をとる。

 

2、相手が嫌がることは極力しない。

 

3、相手が機嫌悪くなる状況を先に察知して、先に手を打つ。

 

この3点を徹底してやっていました。

 

それはもう、生きる手段だったわけで、懸命にその手段を使っていました。

 

すると、友人付き合いでは「くにいくんってやさしいね」という地位を得られるようになり、

大人からは、「くにいは物分りがいい」という評価を得られるようになりました。

 

これは自分の中では「成功体験」になりました。

 

この手法を使えば生きていける。

人から嫌われずに済む。

友達が去っていかないようになる。

 

そんなふうに考えていました。

 

アドラー心理学の中では、5歳から10歳くらいで、ある程度の人生のライフスタイルを選択する、と言っています。

 

僕の場合は、まさにこれでした。

 

無理をしてでも、「人にやさしく」して、嫌われないようにする。この生き方での成功体験の積み重ねによって、このライフスタイルを獲得していきました。

 

人にやさしくしていたのは、ある意味自然にできていたことではありました。

自分がひどく傷つきやすい性格だったため、

「こんなふうに言われたら嫌だろうな」

とか

「今の先生の一言で、あの子は結構傷ついてるだろうな」

というのがよくわかりました。

 

でも、自分がこの「人にやさしくする」ことで良い評価が得られるとわかってからは、意図して使っていたように思います。

 

しかも、その手法を使っていることがばれると、「なんか嫌な奴だ」と思われることもわかっていたので、その手法を、「さも自然とやっている」という形に見せるように尽くしていました。

 

それにその手法を他の人に使われると、「自分の地位が脅かされる」とも思っていたので、ばれないように必死だった気がします。

 

専売特許にしたくて、JASRACのように著作権保護だ、という感じでいた気がします。

 

かくして、この方法で、先生からも高めの評価がもらえながら生きていけて、怒られるという状況からも避けることができていきました。

 

それに伴い、「自分てけっこうすごいのかも」という勘違いが生まれるようになりました。

 

そして、怒られないように生きる、という生き方から、さらにすごいと思われる國井を獲得しようと考えるようになりました。

 

 

しかし、

 

・小学校5、6年生の担任として暴力教師が赴任してきた

 

・中学のサッカー部に入り、運動部ゆえに叱咤される環境に置かれることになる、

 

・中学でテストの成績が学年順位で出るようになる、

 

これらの状況から、どう頑張っても「怒られてしまう」という状況が生まれます。

 

それだけでなく、中学入学当時のテストの学年順位を維持するためには勉強の努力が必要になっていきました。

ですが、勉強自体が好きなわけではなかったので、だんだん順位を維持できなくなり、自分が思い描いていた自分の評価を維持できなくなっていきました。

 

そうして不登校につながっていきました。

 

当時は自分がどう見られているか、ということを異常に意識していたので、今思い返してもイタい自分だったと思います。

 

でも本当に真剣でしたから、痛々しい自分でした。

 

学校や、当時の友達関係の中で生きていけなくなる、ということは、僕にとって「死」を意味していたと言っても過言ではないです。

 

そして、学校に行かなくなったわけで、よく生き延びたなという感じですが、今にして思うと、こうやって鼻をへし折られる経験は必ず必要だっただろうなと思います。

 

 

話は逸れてしまいましたが、

 

僕は、意図して「人にやさしくする」という手段を使っていました。

 

しかも、友達や大人にばれないようにしていた。

 

今の子どもたちもきっと同じだと思う。

 

僕ら大人が考えている以上に、懸命にしたたかに生きている。

 

そして、僕らが触れることができない世界も持っている。

 

だから、そこを僕らは侵さずにいる必要がある。

 

それをひっくるめて、その子を受け容れられるか。

信頼できるか。

 

 

ということなのかな、と思ってます。