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リアリティは突き詰めればつきつめるほど、自分にやさしい

不登校してよかった。 そう思える人生にするために、今の自分の現実を突き詰める。その先には、やさしい世界が開けると、確信しています。

母校の北星余市高校(ヤンキー先生義家さん、現文科副大臣の高校)が存続の危機

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母校の北星余市高校が、廃校の危機に瀕してます。

北星余市高校は、僕のことを救ってくれた学校です。

全国でも先駆けて高校中退者や不登校を受け入れるという選択をした、学校です。

すると、全国の青少年問題がこの北海道の片田舎に一気に集中することになった。

暴走族や、ヤンキーのような不良から、いじめられて苦しんできた不登校など、「普通の道に乗れなかった」「社会から疎外された」子ども達が、集まってました。

僕はものすごく暗い不登校児でした。

だから、入学式で見たこともない恐ろしい不良の同級生がたくさんいて、完全にビビってしまいました。

寮生活なのですが、そこも恐ろしげな先輩がいっぱいいて、正直生きた心地がしなかった。

僕のような暗い人もクラスの3割くらいはいましたが、なにやら危なげな匂いのする人は4割くらいいました。(筆者感覚)

ですが、彼らと関わると驚くのが、
「めちゃめちゃやさしい」
ということです。

なぜか。

おそらく、社会から疎外された感、傷ついてきた感覚を知っていて、傷ついてきた人特有のやさしさをみんな持っていたんだと思う。

いま、僕は福祉業界にいますが、そこにいる職員よりあの暴走族達の方がよっぽどやさしかった、という実感があります。

そんなふうに仲間ができて、ともに寮で暮らしていくと、なんとも言えない安心感を感じるようになってました。

「自分、このままでいいんだ。」というなんか無言のメッセージを受け取っていた。

なんかとにかく頑張って、社会の中に認められないと生きてはいけないんだろうなと感じていた感覚が、ちょっと変わりました。

変わらせてくれたのには、

1、仲間
2、周りの大人

このふたつがありました。

2には、下宿、寮の管理人や、学校の先生がいました。

先生がたがとにかくやばい。

この学校のなにを存続させたいかと問われたら、僕は、この「教師集団と職員室」と答えます。

生徒にどんだけ裏切られても、傷つけられても、ずっと信じるんです。

生徒のことを。

そんなふうに、心底信頼された経験、ありますか?

そんなことされたら、やばいんです。

ぼくは、不良ではなかったので、先生を裏切りまくったことはないのですが、大人を完全に見下してはいました。

中学校の不登校に至る過程で、自分に対する先生の態度と親に対する態度とか、いろいろ見てきて、大人ってのはひどく汚く、ずるいものだと思ってました。

「こいつらは自分のことしか考えてない。」
「口ではいくらでも良いこと言えるだろ。」

と思っていたので、大人のことを完全に信じてなかった。

そして、その不信感を一年生の時の下宿の管理人に向けてたので、完全に嫌われました。(ぼくもルールを破ったこともあって、それも要因のひとつなので、ぼくも悪い)

そして、ぼくのことを退寮させるという話が出ました。

でも、自分はなにも間違ったことはしてないと思ってて、たしかにルールを破ったりもしたけど、出されるということになるほどの理由があるとは思えなかった。

現に管理人のおっちゃんは僕に対して直接なにも言わずに、先生を通して、退寮を告げてきていて、その話の進め方も気に食わなかったし、寮の中でも、僕に対する態度と、他の生徒に対する態度がなにやら全く違う感じがしたので、「やっぱり大人はズルいし、ひどい」と思ってました。

こんなやつの言う通りになるもんか!と思ってました。

それで、僕は頑として、下宿を出る気はない、という感じでいました。
まわりの先生方は代わる代わる僕を説得に来る。廊下ですれ違うたびに、「かつひろ(ぼくの下の名前)考え直しなよ。他の寮に行った方がいいぞ。」
とやさしく諭してくれるんだけど、出る気はサラサラないので、適当にあしらってました。

だけど、そこで担任だけ違ってた。

「そうか。かつひろわかった。先生も頼みに行くわ。」

と言ってくれました。

いま、思い返しても、そんな嫌われてる状況で居続けた方が苦しいから、下宿を変えた方がいいことは明らかでした。

だから、他の先生はぼくを説得しようとしてくれてた。

でも、担任の先生のみわこ(以下みわこ)は違かった。

ぼくのわがままを尊重して、一緒に頼みに来てくれることになりました。

そして、管理人が住む部屋の方へ、みわこと向かいました。

話をする時も、管理人はぼくのことは一切見ようとしない。
なんだこの、逃げるような態度は。。。。
そんなんで、ぼくのことを追い出す気か。。。

とおもっていたのですが、

みわこが開口一番、

「すみません、かつひろのこと、もうすこし置いてやってください」

と言って、


『土下座』

・・・をいきなりしました。


その瞬間、ぼくは


うわ〜〜〜、やってしまった。。。。

と、後悔の気持ちが押し寄せてきて、
そんな大嫌いだった管理人に対して、

まったくためらいなく、すぐさまがっつり土下座しました。

土下座して、床に頭をつけながら、
みわこに対して
「ごめん、ごめん、ごめん・・・・・」

と心の中で謝りまくってました。


そして、話が終わり、ぼくの部屋までみわこも一緒に来てくれました。

その間ずっと、ぼくはもう、申し訳なさすぎて、みわこの顔を見れない。

部屋に着くと、

みわこ「かつひろ。。。やっぱダメかもね。。。」

と言ってくれた。

いや、ちがうから!
おれが間違ってたんだから!

みたいなこと考えてて、なんとか謝りたかったんだけど、うまく言えなくて、ようやく言えたのが、

「みわこは、、、、お母さんみたいだわ」

と一言ようやく言えて、というか、その言葉も最後まで言い終えられずに号泣。

この言葉は、本当に不器用だな、と我ながら恥ずかしすぎて、ブログに掲載するのも勇気がいります。

ぼくにとっては、大人の中で、母が唯一信頼の置ける自分の味方だと当時は思ってました。

母は中学の担任から嫌味を言われ続けながらも、ぼくのことを責めることなく守り続けてくれたこと。
中3の時に山形の祖母の家に行った時に、親戚から不登校についてかなり説教された時にも、ぼくのことを守ってくれた。

そんな母だけが、血のつながりもあるし、唯一の信頼できる大人でした。

それ以外の大人なんて汚い、信用ならない、と頑なに凝り固まっていたぼくの心を完全に溶かしてくれたのが、あのみわこの『土下座』でした。

それから、ぼくの中で何かが変わりました。

自分は間違ってなかったかもしれないけど、それを押し通すと、担任に土下座をさせてしまうこともある。

ぼくはちゃんと生きよう。

そう思えました。

長くなってしまった。

ぼくは、不良ではなく、そんなに劇的なドラマがあったわけではありません。

でも、あの土下座はぼくの心の中の宝物です。

すごく、すごく大事なところに、しまってあります。

たまに思い出して取り出してみると、今でも泣ける。

ぼくなんかのことを、信じてくれる人がいる。

それを実感させてくれる思い出です。


そんな人生を劇的に変えるドラマが、生徒の数だけ生まれる。

それが、北星余市です。


こんな高校が無くなるなんて、、、、、ありえない。

させません。

今、ぼくの同期の32期で繋がるフェイスブックのグループを立ち上げました。

ぼくの人生目標は、

自己否定しまくる若者を大量生産している、今の仕組みを破壊すること。

そして、子ども達が大人になることを楽しみに思える社会を作り出すことです。

そんな目標にようやくたどり着き、これからやってくぞ、という時に、北星余市が無くなるなんて、時代に逆行しすぎです。

全国の中3不登校、高校中退者合わせると86586人らしいですが、その人たちに、ぼくら救われた人の声を届けたい。

ぜったいに、すくってくれる先生に会える。

86586人に、北星余市卒業生達が、ガンガン話をしに行く仕組みができれば、北星余市は、生き残れるでしょう。

やるぞ。