ホントの自分と 生きてくブログ ~自己受容メソッド~ くにい かつひろ

子どもに本当の自己肯定感をつけさせたい。生きづらさを抱えている様々な人たちに本当の自己肯定感をつけてもらいたい。職場の部下の自己肯定感を高めて、やる気をもって仕事に取り組んでもらいたい。すべての人たちが、本来の活き活きとした自分の人生をスタートさせる方法『自己受容メソッド』。それを書き綴っています。『自己受容』をしていくと、人生にとんでもない革命が起こる。。。自分の奥底にある感情こそが、本来の自分の生き方への道しるべ。

バカボンは自己受容の先生です

ベリーグッド。

 

とても良い。

 

他のものと比べて、

 

とても良い。

 

 

ではなく!

 

 

グッドイナフ。

 

 

これで良い。

 

誰かと比べる必要ない。

 

いや

 

誰かと比べたって大丈夫。

 

 

大丈夫。

 

今の、

 

そのまんまの自分でいい。

 

 

いや、

 

 

今の自分こそ、いい。

 

 

これでいい。

 

 

「これでいいのだ!」

byバカボン

 

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バカボンは、自己受容の本質を

教えてくれています。

 

 

♫「アクロンなら毛糸洗いに

自信が持てます!」♪

 

アクロン CM 1986 /東八郎X大川栄子 - YouTube

 

♪「バカボンなら自分のことに自信が持てます!」♪

 

これでいいのだ!

 

の先に

 

 

本当の自信と繋がれます!

 

自己受容だわ!!

 

 

感謝の前にキレるのススメ

 

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先ほど、ネットを見ていたら、

 

ブログを書いてる人のプロフィールで、

 

〜〜〜〜

 

親に愛されてなかった。。。

 

 でも、

 

親に感謝する。

 

とにかく感謝してみる。

 

そして、親孝行することで、

 

良い関係になってきた!

 

 

〜〜〜〜

 

 

こんな内容が書かれた

プロフィールを見つけました。

 

 これで良くなる人もいます。

 

でも、、、

 

この、とにかく感謝する言葉を言いまくる、、、、

 

 は

 

自己受容メソッド的には

 

オススメしません! 

 

最悪、

 

問題先延ばしするだけでなく、

 

もっともっと深い怒りを

心の中に育む可能性があります。

 

 

 

「子どもを愛してない親なんかいない」

 

「親はきっと愛してくれてたはずだよ。だから感謝しなきゃ。」

 

 

 

こんな言葉に

 

まどわされちゃいけません。

 

子どもを愛せない親はいない?

 

 

いますよ。

 

 

ぼくはたくさん会って来ました。

 

児童相談所

親と暮らせない子どもたちが暮らす

児童養護施設

働いてましたから。

 

大学時代は

児童福祉、虐待、心理などについて

 

たくさん本読みましたから。

 

そして、

 

その親御さんたちは

例外なく、

自分が子どもだった時代に感じていた

自分のホントのほんとの本当の気持ち。

 

 

それと向き合いきれない、

そういう深い深い苦しさを

持ってます。

 

だから、

 

自分の分身のような子どもと

向き合えないのです。

 

子どもを愛せないのではない。

 

子どもの頃の自分と向き合えないのです。

 

子どもの頃に、とても苦しんだのです。

 

悲しかったのです。

 

さみしかったのです。

 

その苦しさにフタをすることで、

 

 

今、ようやく、生きていられるのです。

 

なんとか生きてるのです。

 

だから、子どもと向き合えない。

 

そんなお母さん、お父さんに育てられたら、

 

子どもは、

愛されてると実感するの、

やっぱり難しいです。

 

子どもは愛されてると、感じられないのです。

 

愛されてたのか、愛されてなかったのか。

 

そんな事実探しはやめた方がいい。

 

愛されてないと感じて、とてもとても、悲しかった。。。。

 

 

それが一番大事。

 

愛されてなかったと感じたのです。

 

その子どもの頃の自分。

 

大事にしてあげてほしい。

 

見てあげてほしい。

 

悲しかったね、、、って、

 

声をかけてあげてほしい。

 

そしたら、

 

 

人生に

 

ブレイクスルー

 

が、起きます。

 

これが

 

自己受容です。

 

 

 

親に、

 

「私はずっと悲しかったんだ!バッキャロー!」

 

 

と、言った方がいい。

 

感謝の言葉の前に、

 

やること、

 

ありますよ。

 

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解決しないであげる。 ~子どもにしてあげられる大切なこと~

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夏休みですね。

 

先日、長女と話をしていて、

長女が急に泣き出したことがありました。

 

どんなことがあったかというと、

 

長女が、元嫁のお家にお泊まりで遊びに行っていて、お迎えに行った時のことです。

 

ぼく「楽しくて、よかったね。じゃあ帰ろうか。」

 

長女「、、、、、、、」

 

ぼく「どうした?」

 

長女「、、、、、、、」

 

ぼく「、、、、、、、」

 

 

動かない。

 

 

黙って、うつむいてる。

 

 

そのうちに。

 

 

急に泣き出しました。

 

 

「Hくんに、誕生日プレゼント作りたかった〜(泣)」

 

と泣き出しました。

 

Hくんは、ぼくのパートナーの元旦那さんです。

彼の元に、子どもらみんなで遊びに行き、誕生日プレゼントを持って行くつもりだったようです。

 

 

 

で。

 

 

誕生日プレゼントを作りたかった、と、

長女は泣き出したわけです。

 

 

そしたら、

まあ、普通は、

 

「今から早く帰ればプレゼントも作れるよ。」

 

とか、

 

「そしたら、早く帰って作ろう!」

 

とか、

 

「え!?先に言っといてよ!」

 

とか、

 

「だったら、その道具、持ってきて作ればよかったじゃん!」

 

 

とか言ってしまいそうですね。

 

まあ、最初の言葉のように、

 

「帰って作れば間に合うよ」

 

のように、

泣いてる子に

 

解決方法

 

を提示してあげる、って、

普通にやると思います。

 

でも、

今回の長女の感じは、それを伝えても

 

「でも!もう間に合わない!!」

 

とか、なんたらかんたら、

文句が出てきて、

落ち着かずに、逆に、ヒートアップすることになります。

 

それはなぜか。。。。

 

 

それは、

 

別に、

 

「プレゼントが作れないことが嫌なことの本質ではない」

 

ということです。

 

 

ポイントは、

 

長女の言葉を

 

文字通り取ってはいけないということ。

 

ただその時頭に浮かんだことが、

 

「プレゼントを作りたかった」

 

なだけであって、

 

本質的には、

もっと違う感情があるはずです。

 

例えば、

 

「いつもお願いしても聞いてくれないのに、大人は大人の都合ばかりでずるい!」

 

とか

 

「今楽しかったのに、それをいっつも、邪魔される」

 

とか、

もしかすると、

 

「お母さんと一緒に居たかった」

 

とか

 

「お父さんもみんなで一緒に居たかった」

 

とか、、、、、

 

そう、、、、、

 

そんな感じに・・・

 

 

見えなくもない。。。

 

 

のです。

 

 

しくしく泣いてますから。

 

 

そう見ようと思えば見える。

 

 

そう見たい人には、

 

そう見えることでしょう。

 

我が家は離婚しました。

 

だから、

お母さんと毎日居られなくなった

娘に対して、

罪悪感がやっぱりあるわけです。

 

だから、そんなようにも見えたけど、

 

でも、

 

実際はそんなことないかもしれないです。

 

 

本当のところはわかりません。

 

もしかすると、

 

この子が大きくなった時に、

 

「あの時、なんでお母さんと一緒にいられなくなったの!!」

 

という押し込んできた気持ちに気づく時が来るかもしれません。

 

そしたら、ぼくは

 

その気持ちを真正面から引き受けようと思ってます。

 

そう思って当然。

 

それがあっても、

 

それでも、

 

今、送ろうとしている生活が、きっと家族みんなにとって、

良い方向に向かう、と信じて、あゆみ始めた道です。

 

だから、恨まれることも引き受けます。

 

 

 

そして、話をもとに戻しますね。。

 

 

そう、解決の方法を提示せずに、

 

今のまんまのこの子の状態を、

まるまる、見てあげて、

 

「今は、そうなんだな、それでいいよ」

 

と受け止めてしまうのです。

 

解決しないであげる。

 

しくしく泣いてるその感情を

味わわせてあげる。

 

その時間をともに、そばで過ごす。

 

しっかりと待つ。

 

10分ほどして、、、

 

 

無言で、帰りの車に乗り込みました。。

 

 

それにも、無言で一緒についていく。

 

ぼくの心の中は、すごく穏やかに、

「えらいな。感情をよく味わったね。大丈夫。

いくら悲しくても、大丈夫」

と思って、

最大級の無条件の信頼の気持ちをもって、

ただ黙って、横にいる。

 

それで、

 

子どもってのはすごいです。

 

家に着くころには、

 

「すぐに作れる誕生日プレゼント作るから、待ってて!!』

 

と、

 

すんごい笑顔で、

声も弾ませて、

家に飛んで入っていきました。。

 

 

感情を味わうの、子どもって本当に上手。

 

大人はこんなに早く復活できない。

 

日々学ばせてもらってます。

 

 

はい。

 

今日のまとめは、

 

子どもが泣いてつらそうなときでも、

 

信頼して

 

解決しないであげる

 

これが、とても難しいけど、

 

とても大切だ、と感じたエピソードでした。

 

 

 

 

 

 

いや、審判。

 

そういうスポーツだから(笑)

 

 

 

おそまつ!

 

 

 

 

 

子ども想いでない父親としての自分。そんな自分から始めてみる。

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どうも、くにいです。

 

牛さんです。

 

娘の下校お迎えの道すがらにいる牛さんです。

 

 7月7日は、七夕でした。

 

小学校の行事として、小学4年生の娘が七夕劇をやりました。

全学年が参加する行事で、その中でも、七夕は、小学4年生が劇をおこない、

主役的な役割でした。

 

そして、娘は、

 

「織り姫」

 

だったんですね。

 

主役の中の主役です。

 

姫です。

 

父として、それはそれは誇らしい気持ちになるわけです。

 

娘は長女で、それほど目立ちたがりでないので、

役が決まった時も恥ずかしそうにしながら、

「う~~~ん、知られたくない~」

 

と恥ずかしそうでした。

 

でも、とても嬉しそうでした。

 

そんな姿を見て、

 

当日晴れ姿を見たい!

 

と思ったわけですが、

 

なんとその日は

 

待ちに待った楽しみだった、

 

東京で受講する予定の、

『塾』の

超重要な初日とかぶっていました。

 

様々な気持が浮かんできました。

 

塾にも行きたい。。

でも、娘の劇も見てあげたい。。

 

。。。

 

 

ん。

 

 

 

娘の劇も見てあげたい?。。。。。

 

見てあげたい。。。ということは、

 

娘を喜ばせてあげたい、、、であり、、、、

 

自分の喜び、、、、、というわけではないぞ、、、、

 

行きたいのは、、、、塾の方かい!

 

 

 

という、ことには、

 

実は1か月前には気づいていました。

 

 

 

ですが、

娘のがっかりする顔。

 

それに伴い自分に湧き上がる罪悪感。

 

子どもに本当の自己肯定感をプレゼントさせてあげたい、と思いながら、

そんな方法もお伝えする勉強会を構想したりしている人間が、

 

自分の子どもの晴れ姿を見てあげないなんて。。。。。

 

と、いろんな自分の心の声が聞こえてきます。

 

そんな中、

 

6月中旬には娘の織り姫姿を見に行くことを決め、

 

東京行きの航空券の予約はしないことに決めました。

 

 

 

ですが、

 

なにやらそのころから、

 

いろんなことが手につかない。

 

やる気、意欲が、てんで湧いてこない。

 

そう。

 

ガマンしていたのです。

 

東京の塾に通いたい気持ちをガマンして、

娘ががっかりする顔を想像して耐えられなくて、

七夕劇を観に行くという、

 

『自己犠牲選択』

 

をしてしまっていました。

 

 

なんとなく、気づいてはいたのですが、

あまりに元気が出ないため、

七夕、前日にこれはまずい、、、と思い立ち、

 

オンラインビジネス勉強会の

フェイスブックグループの仲間だけ見れるクローズの場所(安全な場所というのがポインドです)に

僕のこの、自己犠牲選択の気持ちを書きなぐり、

罪悪感に負けた、情けない父の姿

投稿してみました。

 

すると、、、、、、

 

なにやら、

 

一気に元気になってきました。

 

これです。

 

これが自己受容です。

 

子どもの晴れ姿を見たい気持ちよりも、

 

自分の学びの時間の方を優先したい。

 

それが父としての、

くにいのリアルな姿でした。

 

それを受け容れられなかったんですね。

 

でも、

 

それを認める。

 

心の中で、認めるだけでダメなら、

 

『書いてみる』

 

さらに、

 

『人に伝えてみる』

 

 

これをすると、

 

びっくりするほど、

 

自己受容につながります。

 

 

自己受容できると、

 

とたんに元気になって、

 

7月7日は、

 

めちゃめちゃ気持ちよく

楽しく、

娘の織り姫姿を感動しながら観ることできました。

 

自分の「本当は東京の塾に行きたかった!」

という気持ちをちゃんと見てあげないでいたら、

これほど気持ちよく見ることはできなかったと思います。

 

 

自分の本当の気持ちは、とても不都合な真実です。

 

子どもを喜ばせてあげたい、という気持ちより、

 

自分の学びの時間を優先したい。

 

家族思いではない、自分の気持ちに気づいてしまったりします。

 

でも、その気持ちも見てあげた方がいい。

 

そして、ちゃんと見てあげて、感じたうえで、

 

東京の塾に行く、という自分の望みを

 

「叶えてあげなくてもいい」

 

ということです。

 

『行為』としての、『東京の塾に行く』は叶えなくてもよくて、

 

『感情』としての、『東京の塾に行きたかった』

の深くにある気持ちを見てあげることです。

 

それは

『本当に行きたい所に行けないなんて、なんて不自由なんだ』

そして、

『一生に一度の娘の晴れ舞台なのに、

それよりも、自分の学びを優先するなんて、

ダメな親だ』

そして、

『大人の都合で、一般とは違う家庭で生活することにした以上、

できるだけ子どもを優先してあげなくては、と決意してたのに、

子どもよりも、自分を優先したいなんて、ひどい親だ』

『自分は親としてダメな気がする』

『結局、子どもに嫌われたくないんだ』

『まだ、嫌われたくない自分、というのが根強すぎる。』

 

という気持ちを見て、出すことで、

 

「でも、やっぱり、自分のことを尊重して、大事にしてあげるって大事で、

それをやったうえで、子どもたちにかかわってあげないと、

自分が犠牲になってることで、気づかないレベルでイライラしてしまって、

子どもに、当たってしまうかもしれない」

 

ということにも気づけました。

 

「まあ、嫌われたくない、ダメな親でOK。

それが、今の自分。ここから始めよう。」

 

とも思えました。

 

そんなこんなでいるうちに、

 

すっかり元気になりました。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

今日はこのあたりで。

 

 

ダメな自分に、ただ、、ただ会いにきてくれることがどれほどうれしいことか

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今日は、成田に来てます。

 

会議のため、日帰り出張でした。

 

 

 

 

 

昨日とてもうれしい電話がありました。

 

2年ほど前に関わっていた、当時中学2年で不登校だった男の子のAくん。

 

彼のお母さんから1年ぶりくらいに電話があり、なにか困ったことでも起きたかな?

と思いきや、

 

この春に、なんと、なかなかの進学校への入試に合格し、

今は元気良く高校生活をスタートさせたとのこと。

 

中学3年だった昨年度は、ほとんど休まず学校に行き、塾にも通って忙しい日々を過ごしたのち、入試でも見事合格!

 

すごいなぁ。

 

 

これは、

 

進学校に合格してること

 

とか

 

学校に行けるようになったこと

 

とか

 

そこもすごいなぁと思う。

 

 

けども、

 

本質的なことは

 

そんな表面的なことよりも、

 

 

担任や、関わる先生方がことごとく信頼できない人ばかりで、

 

クラスの中でもやることなすこと、ドンドン裏目に出てしまい、居場所をなくしてしまい

 

不登校になり

 

勉強が全然ままならなかった状況で、

 

はじめて会ったぼくの前で

 

「つらいです。。。」

 

って一言言って、泣いてた子が、

 

寝る間もないくらい頑張って勉強して

 

高校に合格したんです。

 

中学3年になって学校に復帰した時の大変さ、

 

ぼくも不登校していたから、その大変さがよくわかる。

 

みんなからちょっとした

奇異の目で見られるような、

あのなにか視線が身体中に突き刺さるあの感覚。

 

そこを超えていったはず。

 

彼の勇気がぼくには

 

 

よーーーく

 

わかる

 

 

そして、勉強も頑張った。

 

ものすごい忙しく勉強していたそうです。

 

そらそうだ。

 

不登校のビハインドがあったのだ。

 

そんな中頑張ったんだ。

 

素晴らしい。

 

 

彼と一緒に、ゲームをしたのを思い出します。

 

不登校の子にとって、

 

なんでもなく

 

ただ

 

自分に会いに来てくれる人

 

 

ダメで

 

なさけないことになってるそんな自分を

 

知っていても

 

ただ会いに来てくれる人

 

 

それがどれだけうれしいことか。

 

 

そういうことです。

 

不登校の子たちは

 

毎日ただ自堕落に過ごしていると思ったら大間違いです。

 

心の中では、ずっと

 

ずっと

 

自分を責め続けてます。

 

自己否定の言葉を、止むことなく自分に浴びせ続けてます。

 

そのキツさたるや、すごいです。

 

でも、そんな中、復活できたんだ。

 

 

 

お母さんもとても大変でした。

 

女手ひとつで、育ててきたなか、

不登校になり途方に暮れているところに、

救いを求めても、学校の先生は頼りにならないどころか、

親としての対応の仕方を責めてくる。

 

仕事をしながら、中学2年の男の子と向き合うのは、

 

それはそれは、

 

ものすごく大変だったと思います。

 

夜に急にぼくのところに電話が来ることも、たびたびありました。

 

そうやって良い形を一緒に探して来た中、

Aくんが元気を少しずつ取り戻してきた時は、

お母さんと一緒に喜びあいました。

 

学校にも通えるようになってきたところで、ぼくのサポートも終わったのですが、

 

1年ぶりくらいの電話で、

 

本当に驚かされました。

 

子どもはすごい。

 

きっとどこかの段階で、

 

Aくんは

 

しっかり自己受容できたのだと思います。

 

不登校していた自分、

 

その自分の場所から

 

スタートできた。

 

変なプライドで、

 

自分の殻に閉じこもるでなく、

 

そのままの自分からスタートできた。

 

そうでなければ、

 

息切れすることなく勉強しつづけることは難しかったはずです。

 

本当に彼の姿に勇気をもらいます。

 

自己受容は勇気を出した証です。

 

だから、本当に歩き出せる。

 

どんな場所からでも、

 

人は

 

自己受容をすることができれば

 

歩けます

 

その時に本当の自信が持てる

 

ここに本当の自己肯定感が手に入るヒントがあると、

 

ぼくはそう睨んでます。

 

我が家もですが、

 

シングルファザー、シングルマザーです。

 

それは、リアルに考えて、子どもの幸せな人生に向けて考えると、

ひとつのリスクであることは

まぎれもない事実だと思います。

 

でも、

 

シングルでも、

 

いや

 

シングルだからこそ

 

手に入れられる

 

本物の自己肯定感

 

があります。

 

それを伝えていきたいです。

 

 

 

昨日そのとんでもなくうれしい報告の電話を置いた後に、

 

お母さんから

 

「笑顔で過ごせる毎日が幸せです」

 

とメッセージが届きました。

 

そうなんです。

 

進学校に通えることがうれしさの本質じゃない。

 

家族一緒に笑顔でいられる

 

それに叶う喜びはないのです。

 

 

こんな

 

笑顔になる家族を

 

 

大量生産しちゃる!

 

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最高の育児方法は、自分の感情が知っている。

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子どもに幸せになってもらいたい。

 

そう願わない親は、ほぼいないと思います。

 

そのために、いろんな育児方法があると思います。

 

今はネットもあるので、様々な育児ノウハウ、育児Q&Aなど、

ものすごい量がありますね。

 

その中で、自分の育児にどのノウハウを取り入れようかと

悩むことがあると思います。

 

その中で、僕がおすすめする育児方法は、

「これです!」

と、、、、

 

おすすめしません(笑)

 

 

ぼくがおすすめするのは、

 

 

「自分の感情を大切にする育児」

 

です。

 

我が家の子どもたちはドイツのシュタイナー教育を基にした学校に通っています。

 

それに、

 

アドラー心理学がぼくは大好きなので、

 

アドラー流の子育ても刺激的で、とても参考になるなと感じています。

 

ぼくが大学生の時は、児童福祉を専攻していたので、

子どもの心理ケアなどについて、とても興味があり、

発達障害や、情緒障害、愛着障害不登校

虐待された子どもたちのことなどをたくさん勉強し、

そんな子どもたちと、かかわり、

寝食をともにし、

メンタルケアにたずさわってきました。

(今までかかわってきた子どもの実人数を数えると、400人を超えてました。)

 

それら全部ひっくるめて

 

今我が家のこども3人と

ぼくのパートナーの子ども3人

 

計6人の子どもと向き合っているわけですが、

 

ぼくが子育てで大事にしているのは、

 

誰でもない

 

「自分の感情」です。

 

いろいろな育児方法があり、

育児書も結構我が家にありますが、

 

これを見てて陥るだろうなと思うのが、

 

 

育児ノウハウ > 自分の感情

 

 

となり、自分の感情よりも、

育児ノウハウを上にし、優先してしまうだろうな、ということです。

 

例えば、

 

「砂糖は3歳まで摂るのはよくない」

 

というノウハウがあったときに、

 

「・・・・そうなんだ!」

 

と思い、その通りにやる人がいると思うのですが、

 

その時に、

 

自分の感情は、そのノウハウについて、

 

ホントのホントの本当は、どう感じているか、

ということが非常に重要だと思っています。

 

自分の感情として、

 

「たしかに、3歳まで砂糖を摂らないほうが、子どもにとって絶対に良い。心からそう思う。」

 

と感じていれば、良いと思いますが、

 

知識として入ってきたものを、そのまま鵜呑みにして、

自分の感情としては、砂糖を使ったおいしいものを子どもと一緒に

楽しみたいと感じているのに、

それを押し殺して

子どもの前では、砂糖の存在がないかのように生活する。

 

これは、

自分の感情を無視している、

ということになると思います。

 

すると、

 

気づくと、

 

旦那にチクチク小言が多くなったり、

 

子どもへの言葉かけがとげとげしくなったり

 

日々なにやらイライラする、

 

といった感じで、

以前のブログでも書きましたが、

 

 

kuniikatsuhiro921.hatenablog.com

 

 

自分の感情を抱えきれず

アクティングアウトしてしまうわけです。

感情が漏れ出す。

 

自分の感情をちゃんと見て、

砂糖を食べさせない生活で、

とてもキモチがいい、

このやり方こそ、子どもの幸せにつながる。

 

そう感じられるなら、その方法をやるべきだと思います。

 

その時は、

 

育児ノウハウ ≦ 自分の感情

 

となっていて、

育児理論と、自分の感情がマッチしていて、

良い子育てにつながると思います。

 

ノウハウありきではなく、

感情が伴うことで、

そのノウハウも活きてくる。

 

ということです。

 

だから、ぼく的には、

 

 

自分的育児  ノウハウ(シュタイナー、アドラー、etc

 

みたいなバランスが良いと思ってます。

 

自分の感覚、センス、感情こそが

 

あなたの本来的な、素晴らしい育児への道しるべです。

 

 

そう

 

 

自分、、、信じよう。

 

 

 

 

 

あなたの感情こそが

 

一番良い育児ノウハウを知ってます。

 

 

 

そして、自分の感情を大切にすることが、

 

子どもの「本当の自己肯定感」をはぐくむことに

 

根本的につながります。

 

それは、またいつか記事に書きますね。

 

今日はこのあたりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、トキさん、

 

ぼくは、協力してますよ(笑)

 

モチベーション上がったのに失速する理由

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セミナー行って

ものすごくテンション上がって

やる気になって

 

「おれが世界を変える!」

 

とか思って

モチベーション上がりまくった

その勢いで

いろいろ動いてみるんだけど

 

なんだか急に失速。。。

 

そして、セミナー行く前の

元の自分に戻ってる。

 

そんな経験ないですか?

 

 

他にも

テレビの超感動的なドキュメンタリーを

見たりして

 

「おれもこの社長みたいに素晴らしいビジネスを作って、いろんな人に喜んでもらうぞ!」

 

とか

 

「世の中にはこんなに不幸な子どもたちがいるんだ。自分にもできることがあるはず!やってみる!」

 

 

動き出したものの

 

やっぱり失速。。。

 

という経験もありませんか?

 

 

これ

すんごいよくありますよね

 

作家の本田健さんは

自身のネットラジオ

(ポッドキャスト)の中で

 

「瞬間湯沸かし器のような

一気に上がるモチベーションは

本物じゃなくて、

もっとジワっとゆっくり上がる

モチベーションが

本物のモチベーションです」

 

と言ってました。

 

 

 

なるほど。

 

 

と、思いつつ、

 

じゃあ、

それどう使い分ければいいのだろう?

 

と、ずっと疑問でした。。。

 

 

そして先ほどちょっと思いついたので、

メモがてら、ブログにします。

 

 

その2つのモチベーションの上がり方の

違いを、

 

自己盲目ワクワク

 

 

自己受容ワクワク

 

と、名付けました。

 

 

自己盲目ワクワク

というのは

 

自分のホントの感情を見ずに

自分ではない何かになろうとして

「おれにはなんだってできる!」

という、

全能感

にとりつかれて

ワクワクしている状態です。

 

全能感というのは、

自分の力や、感情や、現実の姿を

無視して、

「自分にはなんだってできる」

と思ってしまうことです。

 

これを

全能感幻想

と言ったりします。

 

現代人はこれにとりつかれている人が

多いと、心理学者や社会学者が

指摘しています。

 

それとは反対の

 

自己受容ワクワク

というのは

 

自分の能力

自分の現在地

自分の感情

自分の弱さ

自分の限界

 

というのを

無視することなく

否定することなく

 

そんな自分とちゃんと向き合い、

見定めながら

 

そんな自分でも、

一歩一歩、確実に進むことができれば

ぼくならきっとできる

 

そういう

 

静かな自信

に包まれている状態です。

 

これを

自己受容ワクワク

と名付けました。

 

 

これに気づいたのは

ついさっきなんですが(笑)

 

ぼくはここ2年数ヶ月ほど

個人で一対一のセッションを

始めてました。

 

その中で

クライアントさん(お客さんのことです)

とセッションを終えた後、

劇的に人生が変わる人が何人かいて、

 

その

 

劇的に人生が変わる人には

共通する点がある。

 

ということにさっき気づきました。

 

それは

 

セッションが終わった後に

 

、、、なんか穏やかにモチベーション上がってる。。。

 

いやむしろ

 

、、、やる前より

元気なくなってない??(笑)

 

みたいな人が、

ドンドン人生変わってたりしました。

 

起業したり

会社辞めたり

転職したり

離婚したり

パートナーができたり

収入がかなり上がったり。。。

 

ものすごくハイテンションになって

終わる人もとてもいい感じに

なるのですが、

なんかあの静けさで終わってたのに

という、のちほどのギャップに

驚かされてました。

 

それには上記の

 

自己受容ワクワク

自己盲目ワクワク

 

の違いがあったのだと思います。

 

 

この違いを実感する出来事が

自分自身にも起きました。

 

先日、とても行きたい!と思っていた

品川で開催されたセミナーに

参加したときのことです。

 

その講師の方が主催する塾があって

その紹介がありました。

自分には結構高額だったんですが、

 

あ、、、、

これ、人生絶対変わる。

 

と思えて、

迷いも何もなく

 

モチベーションが

全く高まることもなく

 

即決。

 

してました。

 

 同じタイプの高額塾のお誘いセミナー、

いくつも見てたので

 

またこれか。。。

 

ともなんとも思わず。

 

そして

実はまだその塾始まってないんですが、

自分で動き初めてて

すでにいろいろと

人生が変わり始めてます。

 

まだ始まってもいないのに、

自分からふつふつとしたワクワクが

湧き出てくるのを感じていて

なんか動いてます。

 

こういうときの

ぼくの身体的特徴は

食べ物があまりいらなくなる

ということです。

不思議なことに。

 

少量で満足。

 

普段は、食によって

足りない満足感を

満たしているのかもしれません。

 

「くにいがあやしい高額セミナーに
はまってしまったぞ!」

 

と思われても全然いい(笑)

 

とにかく

勉強して

発信したい。

 

みたいな感じです。

 

 

この状態を20世紀を代表する心理学者

ミハエル・チクセントミハイ

 

「フロー体験」

 

と呼びました。

 

このフロー状態は

 

マリオのスター状態が

続いちゃってる

 

みたいな感じで、

 

子どもにたくさん

体験させたいものとして

ぼくがかんがえていることです。

 

フローについては、またいつか書くかもしれません。

 

長くなりました。

 

まとめると、

 

 

 ワクワクには2つのワクワクがあって

 

 

自己受容ワクワク

 

 

自己盲目ワクワク

 

があり、

 

自己盲目ワクワクに

はまらないようにして、

 

自己受容ワクワクに

つながると良い!

 

ということでした。

 

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ここまで読んでいただき、

 

ありがとうございました!