ホントの自分と 生きてくブログ ~自己受容メソッド~ くにい かつひろ

子どもに本当の自己肯定感をつけさせたい。生きづらさを抱えている様々な人たちに本当の自己肯定感をつけてもらいたい。職場の部下の自己肯定感を高めて、やる気をもって仕事に取り組んでもらいたい。すべての人たちが、本来の活き活きとした自分の人生をスタートさせる方法『自己受容メソッド』。それを書き綴っています。『自己受容』をしていくと、人生にとんでもない革命が起こる。。。自分の奥底にある感情こそが、本来の自分の生き方への道しるべ。

若者よ。「自分マスター」にジョブチェンジしよう。〜N高等学校について語る〜

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最近、書きたいことがありすぎるのですが、
書く時間が取れないため、なかなか投稿できずにいます。

アウトプットできず、糞詰まり状態ですが、
しっかりインプットして、自分の中で消化して化学反応できてる状態のような気がするので、心持ちは良いです。

今日は、とくにプランなく、書き始めてみよう。

今、ネット検索の広告とかでやたら出てくる、

「N高等学校」

株式会社角川ドワンゴが作った学校法人が運営する通信制の高校です。

理事には、ジブリの鈴木プロデューサーが入っています。
高校設立に向けて、将棋の羽生さん、文科大臣補佐官の鈴木さん、元Microsoftジャパン代表の古川さん、ゲームのファイナルファンタジー生みの親の坂口さん、歌手小林幸子さん、などそうそうたる面々のインタビューも、この間、載ってました。(今、なぜか短くなってしまい、以前のものが見れなくなっている。。。書籍化されるのかな?)

噂では、文科大臣補佐官の鈴木さんが名誉理事長就任かみたいな意見もありますが、にわかに盛り上がりを見せてます。

みんなは、この通信高校にどんな印象を抱いているのだろう。

僕はこの流れ。完璧に「推進派」です。
これは、絶対おもしろい高校になる。

3年前くらいに嫁から、「ものすごいおもしろい人がいる」ということで、ニコニコ動画ドワンゴ社長の川上量生さんと羽生善治さんの対談動画を見て以来、川上さん大好きになり、以後その動きに注目していました。

その後、ジブリの鈴木プロデューサーの鞄持ちをやったり、現在は角川も合併された、角川ドワンゴ代表取締役になってます。

そして、今回、高校を作る。

川上さんがこのN高等学校設立の趣旨について、
不登校の人たちは、ネットに逃げ、ネットに救われて、これからのデジタル時代に適性がある。そういう人たちが日本の隠れた財産として眠っている」と語っていたようです。

よくぞ言ってくれた、という感じがあります。

News Picksでの川上さんの記事を見ると、スゴイです。
おもしろい。

「人間は基本的に逃げて逃げて、逃げた先に新天地を作り進化してきた。不登校とか引きこもりも、その先に道が続いていればいい。その道を作ります。元にいた場所に戻ってまた戦えというのは、残酷すぎる。」

というようなことが書いてあり、激しく同意。


そして、この高校のキャッチフレーズ「ふつうの高校生になってどうするの」は最高ですね。

本当に、どうするの?って感じです。

数年前には、スマホがこんなに世間を席巻するなんて、だれが予想できたでしょうか?

5年後、今やっている仕事が存続しているかも疑わしい時代に、旧来の教育に染まってる方が不安。

自分の飯の種は、なににするか。

高校生になったら、そこと真剣に向き合っていいと思う。

というか、大人も自分の飯の種はこのままで大丈夫なのか、というのは考えざるを得ない時代ですよね。

ぼくが考える対策は、

「自分マスターにできるだけ近づいておくこと」

だと思ってます。

どんな職種がのこっていても、自分をマスターしておいて、その自分を職種に近づけていく。

自分の好きなこと、得意なこと、だれに言われなくても勝手にやってしまうものなど、自分の長所。
逆に、やってもやっても身に付かないこと、何が何でもやりたくないもの、など苦手なこと。
これらを突き詰めて知っておくこと。
それが、何年後か仕事に就く時に、どんな業種に自分の身を置くか、という選択の根拠になってくると思う。
自分を最大限に活用できる場に就くこと。
あるいは、そういう場を作り出すこと。
それがしわあせに働く上での近道だと思います。

それには、自分をマスターしておくことが重要。
そして、自分の特性に応じて、自分のどんな部分を強化していくかを考えていくこと。

ドラゴンクエストⅢで考えると、
性格が「ちからもち」だったら、やっぱり「戦士」か「武闘家」をめざすために、「ちから」が強化されるように、「ちからのたね」を使っていく。
たとえ、「戦士」と「武闘家」という職業がなくなっていても、その「ちから」が生きるような場を探したり、業界的に「ちから」が不足している、「魔法使い」の世界に入って、自分の「ちから」の能力を欲してもらえる場に行ってみたり。

とにかく、「ちからもち」の自分を知らないことには、自分を活かそうにも、活かせない。

だから、「自分マスター」は重要だと思ってます。

ですが、ここで、ポイントなのが、
ふつうの学校では、
「勉強」と「部活」という場で、「大学受験の知識」と「運動能力」という二つの能力向上の場しかなく、
それ以外の能力を注目し、伸ばそうとすることは、あまりないと思います。

北星学園余市高校の校長が「今の中学は部活と勉強以外、子ども達に提供するものがない」と言っていたことが衝撃でしたが、その通りですよね。

そして、この「勉強」と「部活」で手にしたもの。

はっきり言って、ぼくの仕事にはほとんど役に立ってない。

役立ってるのは、高校での寮生活での対人関係スキルだったり、恋愛を通して学んだ自己内省力とか、友達の相談に乗ることで知った人の心理についてだったり、家族関係の根の深さについての知識とか、です。
高校が直接提供してくれたプログラムというよりも、高校生活に伴う副産物が、今の自分の仕事につながっている。
そして、上記に記していて気づきましたが、ぼくは、「人間関係」にかなり興味を持っていて、そこから派生することに、異様に意欲が向いていて、経験を積んで学びを深めていたようです。

あるアメリカの中学の話ですが、
ものすごい荒れ狂っていた不良少年がいて、彼は勉強が全くできませんでした。
ですが、本人の夢を語ってもらった時に、「プロボクサーになりたい」という夢を語ったそうです。
そこから、当時関わっていた先生が、ボクシングの雑誌を教科書代わりに渡して、
ボクシングのリングのロープの長さを測って、リングの面積や体積を求めてみたり、
ボクシングの歴史を勉強してもらうのと並行して、アメリカや世界の歴史をリンクさせながら学ぶようにしたそうです。
すると、一気に勉強ができるようになった。
それだけでなく、すぐに人に暴力を加えていたのに、自分の心をコントロールする術を少しずつ身につけていった、とのことです。

自分の好きなことをやることのパワフルさを感じる。

じぶんが好きなことに正直でいることは、大切ですね。

N高等学校のカリキュラムで、じぶんを知って、その中から「そしたらぼくは、かしこさのたねがたくさん手に入るこの授業を受けるようにしよう」という感じで、自分の能力を自ら主体的にカスタマイズしていくことが、非常に大切。

あと、N高等学校の紹介文の最後に

「脱フツウ」

とありました。

これはキタ。

不登校の人の大多数は、ふつうから外れてしまったが故に、「ふつうに戻りたい」と願う傾向にあります。

これは、不幸へ舞い戻る考え方だとぼくは考えてます。

「ふつう」になれれば、社会に所属できて、
月並みな幸せを手にできる。

そう不登校児は信じてます。

でも、それはない。

ないです。

自分の外にある、なにやら「ふつう」とされるものになろうとするのは、間違い。

そうではなく、

「自分マスター」になるのです。

究極に「自分」になる。

ここを目指すべき。

得意な部分。
すごく変な部分。
意外に突出してる部分。
超欠けてる部分。
いたって平凡な部分。

それら全部が、、、「自分」だ。

この「自分」からスタート。

外にある「ふつう」に向かうのでなく、
すでに内にある、「自分」でスタート。

ですね。

N高等学校で、「フツウ感覚」を手放して「脱フツウ」をし、「自分マスター」になる。

これはいい。

不登校の子たち、ほとんどみんな、この学校に行けばいいんじゃないか。

でも、この高校。
蓋を開けてみたら見事に大コケこいた!
てなことも考えられますな。。。。。

でもぼくはそれでもいいと思う。

大コケこいた、という経験を売りにしてしまって、新たな一手を指せばいいだけ。


最後に一点だけ、N高等学校に注文つけます。

不登校の人は感受性が強くて、人との関係に傷つき、学校という集団から離れています。
そして、ネットやゲームに長時間を割く。

一見、対人関係が下手で、人と関わる仕事が苦手そうです。

実際、アスペルガー症候群のような発達障害に起因して、集団から離れてしまうことになった人は、確かに人と関わる仕事が苦手な場合もありますし、こういった人は結構な人数いると思います。

ですが、先述したような「感受性が強くて」パターンの人。

この傾向の人は、対人関係に関する潜在能力はかなりのものを持っています。
なにを言いたいかというと、
「対人援助職」に適性があるということです。
彼らは「やさしい」です。
これは、根本的に必要な特性で、そこを楽々クリアしている。
そして、感受性が強いということは、弱っている人の心を敏感に感じ取れる、非常に感度の高いアンテナを、彼らは保有している。
さらに、不登校という経験は、自身が支援される当事者になる、という経験です。
障害者や高齢者など、社会的弱者のつらさや、支援されることに伴うプライドの揺さぶられに対しても、思いを馳せることができ、より寄り添うことができます。

あとは、不登校児は自分を受け入れてもらえる環境からゆっくり元気になって自信をつけていければ、かなり優秀な人材になると、ぼくは踏んでいます。

福祉は人材難です。

そこに来て、全国12万人いる小中学校の不登校児は、ずいぶんな宝の山です。

だから、不登校児が、N高等学校経由で、福祉の大学、短大、専門学校につながる流れを絶対に作るべきなのに、福祉や、看護、心理系の対人援助関連カリキュラムが見当たらない。

これはもったいないです。

ということで、川上さんに提案。

   ↓
N高等学校
   ↓
福祉系大学、専門学校

の流れ。

作ってください。




この記事トップの写真は、洞爺湖です。

この日は珍しく、濃い霧が立ち込めていたので、
まるで、雲海のようでした。